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キルボーイとスチュアート

  「わたくしが暗殺で気を付けているのはエンターテインメント性です」      王都の日の当たらない裏路地。【キルボーイ】は無音で、されど力強く歩を進めていた。   「飽き、惰性、慣れ、それらは仕事の質を低下させます」    彼は耳につけられた金属製の耳栓をカツカツと叩く。   「いつだって細心の注意を払えるように、刺激的にいきましょう」 『なら今すぐ反対側に戻ることをお勧めしよう。そこから80mほど後ろに絶好の狙撃ポイントがある。スナイプというのは細心の注意を必要とされ、刺激的だぞ』    その耳栓――通信機から呆れたような女性の声が響く。キルボーイは、微笑を浮かべて答えた。   「【スチュアート】。お勧めは嬉しいのですが、今回は遠慮しておきましょう。ほら、貴女は司令官ではなく、ナビゲーターでしょう? 業務内容以上のことをさせるわけにはいきませんよ」   『余計な口を出すな、か。出したくもなるさ。事前調査だけで、事前計画を立てない。……現場で全てを決めるなど、前代未聞だ』 「前例がない、は理由になりませんよ。それは、仕事に不真面目な人の、たわごとです」 『そういう話をしてるんじゃない。そもそも―――』    キルボーイは裏路地を抜けて、表通りへと出た。その瞬間、青空から降り注ぐ紙吹雪。喧噪。圧倒的な数の人々が左へ右へ流れている。  老いも若きも尊いも卑しいもいっしょくたにぐちゃぐちゃに入れ込んで混ぜ込んだ、王国に相応しいカオスな光景。  そして、その混沌をかき分けるように進んでいる巨大な車輪付きの台座。雑多で豪奢で金色に飾り付けられたその乗り物の前方で、壮年の男性が手を振っていた。   「おっと、いらっしゃいましたね。ターゲット様です。しかし……いけませんね?」 『何がだ?』 「わたくし、このような贅沢は嫌いなのです。戦勝パーティや平和記念や祭日やらならまだわかるのですが、一介の、ただの公爵の誕生日にこれは――いやはや」    公爵というのは貴族階級の中で第一の存在であり、別格である。王族と深い関係にあり、時には王位継承権すら持つ。しかし、キルボーイにとっては、特権階級中の特権階級であろうと、特別視するに値しない。ただ、呆れるだけだ。無駄で無粋なこ...

決着の決塔 【フィナーレ】

  剣士と騎士は峠で死闘を演じていた。  理由はもはや忘れていた。意味ももはや知ったことではない。  小さな見栄だけが彼らを支えていた。剣士であることも騎士であることも失って。  そこには二人の男がいて。ただ死闘を演じていた。  ここで勝っていいの? 負けてもいいの?  どちらが勝てばいいの?  太陽も月も星も勇者も魔王も契約も、彼らを縛ることはない。  例え彼ら二人がどうなろうと変わらず明日は来る。  ならなんで死闘なんて演じる必要があるのだろう。  平和が一番。小さな見栄なんて捨てて、ただこの人生を謳歌しよう。    〔勇者と魔王のジョーク集 【最後のブラックジョーク】より抜粋    日月の契国、Hosted State of Demevil――出米毘留、あるいはエウガレス、もしくは欧妖連合。主要各国の首都に撃ち込まれた巨大な砲弾。  鉄の塊は一様に変形する。無骨な丸みを帯びた鉄の上半身に大きな目と小さな目の二つが開く。  砲弾の底から数多の車輪が広がり立ち上がる。そして、砲弾の側面が腕のように開く。その腕には巨大な銃口が、十門ずつ備え付けられていた。  クエスト『カーテンコール』。  彼らは一様に首都の重要施設を前にして不動だった。 『カーテンコール』は各国の言葉でメッセージを発信する。  [全ての策謀を否定する]  [全ての他人事を拒絶する]  [高度な政治的判断を拒否する]  [決着の塔への国家レベルの介入を禁止する]  雑にボイスチェンジャーに通したような声で、響き渡る宣言。  [ただし――個人レベルでの決着の塔への挑戦は推奨する]  [諦めないことを希求する]  [立ち向かうことを期待する]  [攻略を続けることを希望する]  身勝手な要求だった。形のない曖昧な言葉は壊れたレコードのように繰り返される。  [全ての策謀を否定する]  [全ての他人事を拒絶する]  [高度な政治的判断を拒否する]  [決着の塔への国家レベルの介入を禁止する]  [ただし――個人レベルでの決着の塔への挑戦は推奨する]  [諦めないことを希求する]  [立ち向かうことを期待する]  [攻略を続けることを希望する]   「なぜ撃墜できなかった!」  契国空軍少佐、久竜恒子が塔京南部にある基地で怒鳴りつける。部下の士官が報告する。 ...

決着の決塔 【カットイン】

 神がいなくなった後の話さ。  一体の生体人形がいた。そいつは全てを失った。主も、仲間も、居場所も、何もかも。  されど妙な話だが、壊れずにおめおめと生き延びてしまっていた。  そしてその人形に会いに行った一人の魔法使いがいた。   「なんとも馬鹿らしい姿だね」、魔法使いはそう言った。    人形は沈黙する。否定から会話に入る不心得者に気分を害したってわけじゃないぜ。  そういう礼儀とか気にするのは人類と人外だけって相場は決まってる。  ただ、人形には答えるだけの気力がなかったのさ。  魔法使いはもちろんそれをわかっていた。だからこう続けた。   「なぁなぁ君さ、世界征服に興味ある? 世界をポケットに入れれば失ったものより得られるよ」人形は何も答えない。 「それなら……そうだ。君の地位向上というのはどうかな?」人形は何も答えない。 「興味がないのかな?」人形は何も答えない。 「オーケーオーケー、わかったよ。君は優しいんだね。それとも諦めが悪いのか。なら、やり直す?」    人形はぴくりと動いたわけだ。琴線に触れるものがあったんだろうね。  魔法使いはしめたという感情を隠しもせずに言ったわけだ。   「ならもう一度始めよう。失敗は成功の母であり、故に君は失敗という成功を導く精霊になれるのだ」魔法使いはそう言って、生体人形に魔法を掛けた。    それからだ。機械で出来た人形が生まれ始めたのは。  全ての機械人形の始まりは一人の魔法使いと一体の人形から生まれたんだ。  嘘じゃないぜ?    〔勇者と魔王のジョーク集 【機械人形の始まり】より抜粋〕          ―――――――――――――――――――――――――――――――  魔王ジャルドはうっとおしい括りの持ち主である。とかく”お約束”を好み、その通りに行動する。そしてお約束のように人外が支配する世界を目指していると嘯き塔へ挑戦している。しかし、全身が入れ墨まみれの大柄過ぎる体格に反し、その責任感は王に相応しく決着の塔を未来への無責任な負債と看破している。誰もが納得できる決着のために人外の妄執を一心に引き受けている節がある――が、本当に勝ちにも来てもいる。  なぜなら、彼は魔族の王だからだ。  だから、魔王ジャ...